2009年07月25日
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Q 「シベリアに逝きし人々を刻す―ソ連抑留中死亡者名簿―」は、2年前(2007年7月30日)に出された1050ページにものぼる分厚い本ですね。3部構成になっていて、第1部の名簿編はカタカナの「推定氏名」とそれに対応する「漢字氏名」、生年、階級、死亡年月日、出身地が50音順に記載され、それぞれの名前コードを「埋葬地等一覧表」に照らすと、埋葬された場所がわかるようになっている。第2部は解説編、第3部は資料編。名簿編の完成までにはいろいろなご苦労があったでしょうね。
名簿をデータベース化しようと思い立ったのは、69歳のときでした。その前の10年ぐらいはワープロのオアシスを使っていたんです。そのうち漢字変換ソフトが使えるようになったと知って、面白いものができたなと思っていたところに、たまたま自宅の近くで7、8人のグループがパソコンの学習会をやっているのを知り、そこで、パソコンにはいろんなソフトがあって、データベースができることを教わりました。そのとき、抑留死亡者の名簿作成がもしかしたら出来るのではないかと頭に浮かんだというわけです。
それまで何度もシベリアを訪れたのですが、道路もなく、バスも通らないようなへき地に放置されたままになっている土饅頭の抑留者の墓を目撃するたびに、胸が締めつけられていたんです。なんとか、そんな仲間たちの魂を弔いたいと思っているところに、旧ソ連のゴルバチョフ大統領が来日(1991年4月)し、シベリア抑留中に亡くなった3万8000人分の名前が記されている「ゴルバチョフ名簿」を持参したんです。
ところが、その名簿は、もともとロシア側の作り方がずさんなことと、厚労省が翻訳、整理作業を急いだため、名前や埋葬地の表記、地域区分などに統一性がない上に、おかしな名前もたくさんあるなど問題点も多かったんです。こんなのでいいのかな、もっと正確な名簿が作れないものかと思ったのが、そもそもの始まりでした。
私にとって追い風となったのが95年後半に登場した「Windows95」でした。手書きでの名簿作成は無理だろうがパソコンならば可能ではないかと思い、早速、購入することにしました。地方なので手元に届いたのは96年1月末のことでした。私の誕生日は2月初めなので、何かきっかけをつくるために誕生日から名簿づくりを始めることにしたんです。
シベリアのことはずっと頭から離れませんでしたね。教員をしていたとき一度だけ自分自身の抑留記を書いたことがあるんです。私家版で出そうと思って、休みの日や学校の宿直日などに書きためたんです。目標は400字原稿用紙で1000枚ぐらい。ところが、文章の専門家ではないので長くなっちゃって…。500枚まで書いたところで読み直してみたら、自分が書きたいことの10分の1も書けていなかった(笑)。こんなことをいつまでやっていても仕方がないと、そのときやっと気がつきましてね。それから個人の体験記よりも「亡くなった方に対して何か出来ないか」という思いが膨らんできたんです。名簿を自分なりに整理することができたのは、パソコンがあったおかげです。もし、パソコンがなかったら、今頃はどうなっていたか。
→次ページに続く(気が遠くなる作業)