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2009年12月29日

吉井 妙子 スポーツジャーナリスト 経歴はこちら>>

浅田真央ら育てたナゴヤの底力(1/4)

 これで多くのフィギュアスケートファンは、爽やかな気持ちで新年を迎えることが出来るかも知れない。バンクーバー五輪の選手選考を兼ねた全日本フィギュア選手権大会が12月26日、27日に行われ、不調を伝えられていた浅田真央が圧倒的な実力で大会4連覇を果たし、同時に初の五輪切符を手にした。

 28日付の読売、朝日は、浅田のこの快挙を1面、スポーツ面、そして社会面で伝える破格の扱い。10月末にシーズン前半のGPシリーズを不本意な成績で終わった浅田を、それだけ国民が心配していたという証左なのだろう。

 五輪の女子代表には浅田、先のGPファイナルを制した安藤美姫、全日本2位の鈴木明子、男子はGPファイナルで内定した織田信成、全日本で優勝した高橋大輔、3位の小塚崇彦が決定した。

 浅田のこの復調を、早くから断言している人がいた。浅田を中学3年まで指導していた「グランプリ東海クラブ」の山田満知子コーチだ。

○浅田の復調疑わなかった山田コーチ

 浅田が公式の試合から姿を消して間もなく、山田さんに面会を求めた。浅田の様子を尋ねると、山田さんは豪快に笑い、そして断言した。
 「真央ちゃんなら何の心配も要りません。タラソワコーチのことをとやかく言っているメディアもありますけど、このプロジェクトはもう発車しているんです。突き進むしかないんですよ。それに、今の真央ちゃんの環境はアルベールビルのときの(伊藤)みどりと似ていますが、最大の違いは、みどりはオリンピックまで身の入った練習をしなかったけど、真央ちゃんは毎日懸命に練習している。その差はいずれ結果として表れるはずです」

 私が山田コーチに会いたかったのは、もう一つ理由があった。むしろ、こちらの理由の方が私の興味をそそった。それは、なぜ名古屋という限定された場所から多くの優秀な選手が生まれているのか、という疑問である。

  →次ページに続く(冬の競技なのになぜ名古屋?)

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