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2009年04月30日

吉井 妙子 スポーツジャーナリスト 経歴はこちら>>

スポーツに今も覗く戦争の影(1/3)

 スポーツの現場にいると、意外にも戦争の歴史に向き合わされてしまうことが多い。4月23日の朝日新聞にアウシュビッツ博物館に関する大きな記事が掲載されていた。
 なぜこの時期にと疑問を抱きながらも、ドキドキしつつ文字を追った。私は未だに、アウシュビッツという文字に必要以上に反応してしまう。

 4年ほど前、日本のバレー界で長く監督を務めていたアリー・セリンジャー氏に、自分はナチスドイツのホロコースト政策の生き残りであり、生きて行くためにユダヤ人強制収容所で受けた残忍極まりない迫害を記憶から消さねばならなかった、と打ち明けられたことがある。

○名将は「アンネ・フランクと一緒だった」と告げた…

 セリンジャー氏の親族のほとんどがアウシュビッツで惨殺され、しかも彼はベルゲン・ベルゼンの収容所で『アンネの日記』の著者、アンネ・フランクと一緒だったことも告げられた。ホロコーストという20世紀の負の遺産の生き証人が日本にいたという事実に驚き、彼の足跡を追ったことがあった。

 600万人のユダヤ人が殺戮されたというドイツやポーランドの強制収容所を回ったが、ポーランド南部にあるアウシュビッツの存在感は圧倒的だった。
 ガス室で焼かれた人間の灰、焼かれる前に刈り取られた膨大な髪の毛、あるいはメガネ、義足まで展示され、現場が語る事実の饒舌さに目眩(めまい)を覚えた。

 朝日の記事は、そのアウシュビッツ博物館が開館から60年以上経ち、修復の必要に迫られているものの、資金問題が立ちはだかっているという内容だった。そして、次の一文に目が留まった。

 「すぐさま応じたのはナチスドイツを生んだドイツだった。今年は約100万ユーロ(約1億3000万円)を出資、来年以降も提供を続ける構えだ。だが、他国の反応は鈍い」

 セリンジャー氏の話を機に、ナチスドイツを生んだ背景や、その後の敗戦処理のやり方も知ったが、ドイツはこの過ちから目を逸らすことなく被害国に対し膨大な賠償金を支払い、法律で「ホロコースト政策は無かった」とする修正歴史主義者の発言も封じた。

  →次ページに続く(日本の戦後対応は…)

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