2009年05月19日
| 鷲田 清一 | 大阪大学総長、哲学者 | 経歴はこちら>> |
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その“イメージについてのイメージ”の調査が、次の選挙の動向をすくなからず左右する。それは、高速道路の料金が安くなったと報道されるだけで、その道路を走らなければならないととっさに思ってしまう、そうした世間の五月雨式の動向とさして異なるところはない。メディアがそんなことに棹さしてどうなるのか。
メディアは、「私情調査」のみならず、「私刑」にかかわってしまうこともある。
4月下旬のことである。TBS系報道番組のTHE・NEWSは、その日の特集の一つとして、以前茨城県で起こった通り魔事件を取り上げ、容疑者の青年が、現代日本を代表する一哲学者の著作を愛読していると報じていた。
○何のために「容疑者の愛読書」を報じたのか
その報じ方に寒気がした。どのような内容、どのような趣旨の本なのかの説明はまったくない。ただそのなかのある一行を、前後の脈絡にもふれずに、思わせぶりにハイライトで撮すだけ。その本を手にしながら語るアナウンサーだけでなく、報道内容の責任者であるはずのニュース・キャスターからも、そのあと論評や検証の言葉が口にされることはなかった。
困惑する著者へのインタビューもあったが、それも20秒くらい。「怖い」というイメージだけが多くのひとに残ったのではないかとおもう。「風評を流す」とはまさにこのことではないかとおもった。
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