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2008年10月31日

鷲田 清一 大阪大学総長、哲学者 経歴はこちら>>

ゲートとゲットー

 正反対のもの、両極にあるものがまるで同一物のように似てくるのはよくあることだ。前衛のファッションがただのぼろ服そっくりであったり、究極の高級料理が粗食そのままだったり、社会の差別構造が「人」として認められない被差別民とともに、その反対極にこれまた国民としての権利を認められない一個の家族を祭り上げたり(通常の差別を「下方排除」というのに対して「上方排除」という)。

 朝日新聞が取材した「ゲーテッド・コミュニティー」もそうした事例の一つではないかと思う(「ルポにっぽん/安心買う 囲いの街」、10月13日朝刊)。

 目に見える敵が集団で迫ってきているというわけではないのに、動機の分からぬ犯罪やストーカー行為が続出している社会に不安を覚え、高いフェンスで囲まれた都市内都市に立てこもる。治安が悪いなら自分たちで身を守るしかないというわけだ。そこは「監視カメラ数十台に守られ、正面ゲートの脇では数人の警備員が24時間態勢で目を光らせている」。都市の内部に忽然と現れた要塞だ。

 これ、皮肉にも「ゲットー」と呼ばれる特定民族の居住区域や「スラム街」と呼ばれてきた少数民族の貧民区とよく似ている。同質的な人たちが集まって生きる隔離地域。たしかに、富裕すぎるのか貧しすぎるのか、強制的にそこへ入れられた(あるいは、入らざるをえなかった)のかみずから進んで入ったのか、肩寄せあって生きるのかたがいに無関係のまま生きるのか、官憲に監視されるのか警備会社に監視されるかなどの違いはある。けれども、同質集団がみずからを他から隔離する、あるいは、させられるという点では違いはない。

 現代の要塞に立てこもろうとするこれらハイクラスの人たちの生活を揶揄(やゆ)するのはかんたんなことだ。都市は多様な人たちが集住しているところに魅力があるのであり、また活力もある、同質の人たちばかりのそんな場所に住んでなんの楽しみがあるのか、と。現代、コミュニティーというものを思い浮かべるときに、たがいによく見知りあい、家族間の壁も低くて、たがいに気楽に往き来するような街を思い浮かべる。けれどももし、かつての長屋のようなコミュニティーに現代のような空調の装置が完備されていたらどうだっただろうか。それでも家族は閉鎖されなかっただろうか。

 「ここにいると安心」という感覚が、集住のかたちを決めているのだと思う。防犯、つまり安心・安全の保障は、必然的に監視のしくみを強めることにつながる。貧しければそれは相互監視というかたちをとるし、富裕であれば警備会社の監視カメラやセキュリティ・センサーの設置というかたちをとる。プライベートな生活の「安心」を求めている人が、皮肉にも他者の視線に四六時中さらされることになる。

 佐々木毅氏の言葉を借りていえば、「相互信頼過剰」の社会から「相互不信過剰」の社会へと急転回しているのが、現代の日本社会だということになるのだろう。あるいは、相互にもたれあいすぎて「自己」がない社会(ということは、「他者」の存在しない社会でもある)から、他人に接触することを拒否する社会への転回と言ってもよい。ただ、いずれにおいても「他者」は存在しない。

 「他者」(自分たちとは異なる人たち)をうまく内在させていない社会では、「自己」のかたちも不鮮明になる。ゲーテッド・コミュニティーにしても、もしその内部で犯罪が起こったら、いずれ一家族のゲーティッド・ハウスに立てこもるしかなくなるだろう。さらに自分の家族も信じられなくなったときは、ゲーティッド・ルームに立てこもるしかなくなる(これは現に起こっている)。最後に、自殺願望の強い自分自身が怖くなったら、人はいったいどこに立てこもるのだろう。

 逆に、多くの人が夢みるコミュニティー、たがいに足繁く行き来する開かれたコミュニティーだったらどうだろう。だれもが中に入ってきて、何でも勝手に持ってゆく、冷蔵庫のものを勝手に食う、居座って寝る……。ひょっとしたら自分の身体もみんなのものになりかねない。そんなプライバシーも私有財産も認められない街を人は望むだろうか。

 「他者」を内在させていない社会では、「自己」の輪郭も不明になる。上で見たように、一方では立てこもるべき「自己」が蒸発し、他方では「自己」が他人によってとことん侵蝕される。他者に裏切られることを避けるのではなく、裏切られることを含めたうえでその他者たちと共存する、そうしたしくみのなかでしか、人は「自己」を確立できない。

 子どもはこれまでそういうことを実地で学びつつ成長してきたのだが、このゲーテッド・コミュニティーでは、子どもが痛い思いをするそうしたチャンスがそもそも起こらないよう仕組まれているので、子どもが「自己」をもつ「一人前」へと成長するのもなかなかむずかしいだろう。

   

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