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2008年09月15日

鷲田 清一 大阪大学総長、哲学者 経歴はこちら>>

「政治」と「政局」の取り違え

 国会議員に政治家は何人いるか? こんなぶっきらぼうな問いからはじめるのは、このところの日本の政治状況を見ていて、政治家というのはいまの国会議員のなかに数えるほどしかいないのではないかと、ふと訝(いぶか)しんだからだ。

 わたしたちが十把一からげに「政治家」と呼んでいるものを、英語でははっきり二つのカテゴリーに区分する。ステイツマンとポリティシャンである。
 その定義を確認しておこうとして手元の英和辞典を引き、得心するどころか驚愕した。歴史的状況を超えた定義のはずなのに、このところの日本の政治状況をもっとも基本的なところでばっさりと切っているかのようだからだ。
 とにもかくにもまずはその定義を引用してみる(=旺文社英和中辞典)。
  statesman 1 政治家 2 (北英) 小自作農
  politician 1 [党利・党略に専念する]政治屋、[政界の]策士 2 政治家、政客
  【類語】politician 選挙活動・議会活動・政党の運営などに習熟した「政治屋」;しばしば私利のために動く「政治屋」 ・statesman 国民の生活のために私利・党利を顧みない、才能・識見のすぐれた最高級の政治家

 いまとりあえずstatesmanを「政治家」と、politicianを「政治屋」と、仮に訳しておく。すると、「政治家」がそのなかを動いているのは「政治」、「政治屋」のばあいは「政局」ということになる。そしてこのところのメディアの政治報道を見ているかぎり、「政治」と「政局」、「分析」と「取材」を、きれいに取り違えているようにおもわれてならない。

 メディアは、自民党の総裁選挙を「お祭り騒ぎ」だ、「巧妙な選挙戦略」だと言いながら、その騒動を思わせぶりにたっぷりと伝えている。メディアは、この「劇場政治」の片棒を担ぐだけでなく煽ってもいるとは、そのメディアのなかで少なからぬ識者が指摘しているところではある。
 テレビのニュース番組でも、コメンテーターが苦々しい顔つきで、自戒の意味も込めてそれを認めている。総裁選をただ追うだけではなく、じっくり候補者の政策の検証をしなければならない、と。
 が、翌日の放送では、候補者を全員招き、それぞれの抱負を聞き、それらに対して意地の悪い質問するだけで精一杯だった。総裁選の告示がなされた翌日の新聞もそうだった。さまざまな駆け引きなど「政局」の裏事情のほうは詳しいが、候補者の主張についてはかんたんに整理するだけだった。

 メディアにすれば、政策に内容がないから、つまりは「対立軸なき争い」だから、どうにも突っ込みようがないということなのかもしれない。けれども、「優しい政治」とか「国民目線に立った政治」とか、抽象的で無内容なスローガンしか総裁候補者が口にしないのなら、そこからどのような政策が演繹されるはずだというふうに問題を絞ってゆくこともできるはずだ。
 が、それもしないとなると、無内容の埋め合わせを「大声」でする候補者たちとおなじ貧しさが、メディアにも襲っていることになろう。この国がいま抱え込んでいる本質的な問題を立体的に提示して、その問題解決のために現時点で考えうるすべての政策を挙げ、その是非を、問題点を正確に洗いだすという作業を、政局風景の描写よりもはるかに多くの紙面を割いてなすことがなければ、メディアは何のためにあるのか分からなくなる。
 メディアには、「政局通」はいてもきちんと政治学的分析のできる記者がいないということなのだろうか。「政局」はたしかに覗き見趣味としては面白い。しかしそれに引きずられた記事に、読者は今回ばかりはひどく失望したのではないだろうか。少なからぬ読者は、「政治屋」や「政局通」以上に、この国の現況を憂えている。
 メディアが視聴者、読者の欲望につい「添い寝」してしまうのは、メディアが商業化し、情報を商品として売り込む企業となったからには、避けえないことではある。一方では視聴者、読者の欲望と同じ次元を動かざるをえないのだ。

 しかし他方でメディアは、現実の政治状況や「政局」への批評的な距離を視聴者、読者からつよく期待されてもいる。メディアが視聴者、読者のみならずその取材対象にまで密着し、それとおなじ視線でものを見るのであれば、その存在理由は消えてしまう。
 ジャーナリズムは、ヨーロッパの近代社会の勃興期に、上流階級、支配階級の社交の場であるサロンに対抗して、中産階級の市民が、職業や階層や出身を離れて「市民」として出会い、語りあう場であるコーヒーハウスでの自由な言論から生まれた。
 そこからさらに、市民による公論の形成を支えるコミュニケーションの媒体として発展してきた。その歴史を忘れたとき、メディアは耳をつんざく拡声器以上のものではなくなる。

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