2008年08月22日
| 鷲田 清一 | 大阪大学総長、哲学者 | 経歴はこちら>> |
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8月の報道は、連日スポーツ関係の記事が一面をにぎわす。今年の8月は全国高校野球選手権に、さらに北京オリンピックの報道が加わる。全国4059の高校野球部から55の代表校が闘った。闘いというからにはみな勝つためにがんばっているのだが、この勝ち抜きのゲーム、あたりまえのことだけれども、最後まで勝ちつづけるのは1校だけである。その1校をのぞいて他のチームはすべて負ける。今年も4058チームが敗北し、そして去った。
○「負ける」が普遍的経験
そうすると、これまたあたりまえのことだが、こうしたトーナメント制の競技でもっとも普遍的な経験というのは、負ける経験だということになる。いくら強くても負ける、いくらがんばっても負ける、そういう敗北をだれもがここで経験する。腹の底から悔し泣きをする。悔しい思いをした者は他人が負けたときに、その悔しさ、悲しみが、痛いほど分かる。他者の痛みへの想像力が放っておいてもこみ上げてくる。
最後まで勝ち残った者もいずれは衰え、負ける時がくる。世の中で「勝ち組」ともてはやされたIT長者もことのほか早く姿を消した。「勝ち」がいちばんの「価値」として喧伝される世の中で、いまもっとも必要なのは、「負けるが勝ち」と諭しえた古人の知恵と敗者復活の社会的なしくみからあらためて何かを学びなおすことではないかとおもう。
さて、高校野球の報道では、全国の地方記者が大活躍する。かれらによって、地方代表校の英姿の蔭にあるお国事情や裏方の姿が浮き彫りになる。スポーツという地域文化の背景にあるものがいつも以上に厚く見えてくる。
オリンピックの報道はどうか。日本の新聞社から各国に送られている特派員は、高校野球にみられるような活躍をしただろうか。
8月の新聞は、国会が閉じているということもあって、オリンピック一色だったが、その報道には残念ながら知性を感じなかった。一面からスポーツ記事が満載だからというのではない。それどころか、極限のスポーツは、本番にピークをもってゆくような周到な体づくりや気持ちのコントロールから、相手との駆け引きやゲームの戦略まで、半端な知性でもっては敵にも自分にも試合にも勝てないことを教えてくれる。
○五輪報道の「知性」
オリンピックの理念というのは矛盾を含んでいる。国家間の競いではなくて、個人の競いであると謳いながら、選手個人を表彰するにあたってその帰属する国家の旗とともに顕彰する。ましてや、団体競技になれば自明のごとく国家単位で選手は構成され、国と国との争いになる。この矛盾はふだんは祭のオブラートに包まれているが、ときに国家の現体制への帰属を拒否する選手が現われて顕在化することがある。国旗掲揚・国歌斉唱を拒否して拳骨を振り上げる黒人選手がかつて米国にいた。が、このたびの報道は、「オリンピック」という理念がはらむこうした矛盾に対して、あまりにも無垢であった。というか、人びとの「自然的」感情に寄りそうだけで、批評的な距離というものが感じられなかった。
報道されるのは日本人の勝ち負けばかり。各国選手の「苦渋」や派遣をめぐる諸事情、さらには競技のほんとうの見所などをじっくり伝えてくれるわけではない。見所を知るには外国チーム同士のテレビ中継における解説を聴くのがいちばんいいが、そのような中継はそもそも少ない。海外特派員にも出番はほとんどなかった。
開会式の「演出」についての論議は、報道が「知性的」なものになるチャンスだったとおもう。が、それも「ほんもの/にせもの」といったすり切れた枠組みのなかでしか語られなかった。あの「演出」を問題にするなら、「オリンピック」というインターナショナルな「演出」、さらには「ニッポン」という演出についても語るべきだったのではないか。くりかえすが、「日本人」の「自然な」感情に添い寝するばかりで、それが孕む、だれでもちょっと考えれば思い浮かぶ矛盾のほうへはほとんど思考が向かなかった。「知性的」でなかったというのはそういうことだ。そしてその点で、このたびのオリンピック報道の構図は、戦時中に自国、自軍の戦況ばかり報道していたときのそれと基本的には異ならなかったようにおもう。
8月は「終戦記念」の月でもある。わたしたちは何に属しているのか。家族か、地域か、職場か、国家か、人類か。「帰属」というそのことで形成される「わたしたち」とはいったいだれか。「帰属」を棄てた(あるいは、棄てることを余儀なくされた)人びとにとって「わたしたち」とは何か。「連帯」とは何か。そういうことを考えさせる8月のはずではなかったのかと、穏やかでなかった8月の天候と対照的な紙面を見て、おもった。