2009年11月25日
| 歌田 明弘 | コラムニスト | 経歴はこちら>> |
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アメリカなどでは、新政権が発足したとき、100日間ほど蜜月期間としてメディアは厳しい批判をせず、温かく見守るという。
しかし日本では、わずかな期間を除いて本格的な政権交代がなかったから、いわゆる「政治的蜜月」の習慣はないのだろう。
この蜜月期間というのは、「新しい政権が誕生したのだからすこし大目に見ていてあげましょう」といったぐらいのことなのかと思っていた。しかし、新政権に対するこうした「やさしさ」の表われではなくて、メディアが自分たちを守るために生まれた知恵だったのではないか。本格的な政権交代を目にして、そんなふうに思えてきた。
テレビの報道番組などでは、政権発足前から民主党の幹部たちに、政策に関する具体的な数字や実施時期、方策などについて詰め寄っていた。しかし、まともな返事は返ってこなかった。まだ考えていなかったからだろう。
○早くから追及モード全開だったメディア
民主党の幹部たちがマニフェストにこだわったのも、さしあたりはっきり決まっているのはそこに書いてあることだけだったからではないか。だから、10月7日の本欄「あとになってわかってきた『革命』」で書いたように、唯一のよすがともいえるマニフェストを「守るな」と選挙が終わって早々に新聞などで主張されても困るということだったのではないか。
政権発足したばかりでは、いろいろなことが決まってもいないし、うまく行くかどうかもわからない。ところが、そんなことは関係ないとばかりにメディアが追及モードを全開したら、どうなるか。
メディアによってニュアンスの差はあったものの、実際こうしたことは起こったわけだが、読者や視聴者は、メディアは批判のための批判をやっていると受けとったのではないか。
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