2009年07月14日
| 歌田 明弘 | コラムニスト | 経歴はこちら>> |
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新聞は高いのか安いのか。作っている人たちは、「こんなに手間ひまをかけて作っているのだから高くはない」と言うだろう。では、読者にとってはどうなのか。
当たり前だが、読まなければ高い。
私が新聞を読んでいて、「お買い得だな」と感じるのは、おもしろいコラムを読んだときだ。ニュースを伝えるのが新聞の役目だとすれば、コラムなどは「おまけ」なのかもしれないが、いい「おまけ」が付いていると、得した気分がするのは子どもばかりではないだろう。
いろいろな有識者の主張などは、忙しいときには読まずに飛ばしてしまったりするが、それらも読んだときには「お買い得度」はさらに増す。
識者たちは、たいてい同じような主張を単行本や雑誌で書いている。自分の関心のある意見を言っている識者の著書などをすべて買えば、おそらく新聞代を軽く上まわるだろう。
そして、それらを買って読む時間のことも考えれば、お得感はいっそう増す。読み通すのに何時間もかかり、ときには読んでみても結局どういうことなのかわからなかったりする主張を、数分でわかるようにコンパクトにしてくれている。著書や長大な雑誌論文を読まなくても、主張のあらましがわかる。
30歳の前半ごろまで私は、どちらかというと、「著書や長大な雑誌論文」を読むのを仕事の一部にしてきたので、それをコンパクトにしてタイムリーに提示してくれている新聞のありがたみがよくわかる。
○日本人は休みすぎだろうか
「あらたにす」3紙のなかで、よくこれだけレベルの高いコラムを毎日載せられるな、と感心するのは、日経夕刊の「プロムナード」という中面のコラムだ。執筆者は毎週同じ曜日に書くことになっているようなのでかなり大変だと思うが、日本語としてのレベルが高いことにまず驚かされる。
6月末で執筆者が変わったが、それまで土曜日に担当していた装幀家の菊地信義氏の文章などは散文詩のようだった。
また、火曜日担当だったフランス文学者の鹿島茂氏は、専門のバルザックばりの社会批評を、意表を突く視点で展開していた。よく覚えているのは、正月明けの「最近の日本人は少し休み過ぎじゃないか」という主張だ。正月も仕事をしている鹿島氏はこう書いていた。
「日本人はヴァカンスも取らずに働くワーカホリックというのは昔の話で、年間トータルすれば、休日は相当な割合にのぼる。われわれの世代までは、日本は資源のない国だから、国民が一生懸命に働いて価値を生み出していくしかないという労働価値説を頭に叩きこまれているから、これだけ『働かない日』が増えると少し不安になってくる」
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