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2008年10月22日

歌田 明弘 コラムニスト 経歴はこちら>>

事件を報じた記者はどこにいる?

 新聞ジャーナリズムとノンフィクションは、きわめて近い関係にあるとずっと思っていた。どちらも事実をめぐる著述であることには変わりない。しかし、新聞関係者に会うことが増えれば増えるほど、両者は近くて遠い関係にあると思うようになってきた。

 もちろん新聞記事にもノンフィクションにもいろいろあるし、その書き手にもいろいろな考えの人がいることは言うまでもない。しかし新聞は、事実がまずあって、それを報じることを第一の責務と考えている。ノンフィクションは、書き手がその事実に対してどう向かうかも重要だ。事実がまずあるのか、事実に向かう自分がいることから出発するのか、その違いは、結局のところそうとうに大きい。

○“黒子”のままでいいのか

 読売新聞社会面には、「記者ときどき私」と題したコラム欄がある。記者が個人的な感想をまじえて日替わりで取材の裏話を語っている。新聞記者は、自分の感情や思いを抑えて客観的事実を伝えることを仕事としてきたためか、正直に言って、いまひとつおもしろみが足りない気がすることも多いが、こうしたコラム欄が作られる必然性はとてもよくわかる。

 たいていの一次的な事実は、テレビやネットにあふれている。しかし、その事実がどのようにして見出され報じられるにいたったか、その背景は追いかけた記者にしかわからない。メディア報道をさまざまな角度から見ることに習熟するようになった読者のほうも、事実がいかにして報じられるにいたったか、その経緯が事実内容と同じぐらいに重要であると思うようになってきた。事件を報じる記者が記事の黒子ではなく、もっと紙面に出ることが求められている。

 ノーベル賞の日本人受賞で沸き立つ物理学の比喩で言えば、以前は、世界は観察者とは関係なく客観的に存在していると考えられてきた。けれども、じつは観察者も世界に影響をあたえており、その存在を無視して最新の物理学的世界観は成り立たない。それと同じことが、新聞報道でも言えるのだと思う。

 報道被害の問題などもあって、事件の観察者であるマスコミがまったく無関係に事件の外部にいるのではないと意識されるようになってきた。また、ネットで誰でも情報発信できるようになって、取材しているマスコミの様子が掲示板やブログなどで伝えられるようになり、たんなる観察者などではありえないことが当のマスコミ関係者も含めて認識せざるをえなくなった。こうしたことも、従来の新聞的世界観の変貌を促している。

○書かれていないことに感じるいぶかしさ

 9月26日の朝日新聞朝刊は、前日始まった新聞社や通信社、放送局が、来年5月の裁判員制度開始にあたって進めている事件報道の見直しの様子がマスコミ倫理懇談会全国協議会で報告されたことを伝え、あわせて自社の取り組みを明らかにしている。

 「『調べでは○○の疑い』など定型的に使ってきた表現は、○○部分が確定的事実の印象を与えるから、あくまで捜査当局の持っている容疑・証拠であると伝わる表現を目指す」とのことで、警察の発表などをそれとわかる記述にするという。協議会では、読売新聞なども同様の報告をしたそうだ。

 実際のところ、容疑者が捕まったあとの新聞記事ほど不思議なものはない。逮捕後、容疑者に会えるのは捜査当局に限られている。弁護士が選任され接見も行なわれていない段階での容疑者の動静が、捜査当局から伝えられる一方的なものであることは容易に推測される。

 客観的な情報が装われれば装われるほど、その情報がどうやってどういう意図のもとに誰によってもたらされたのかが気にかかる。情報の伝わり方が文面に現われなくても、いやむしろ文面に現われないからこそ、いよいよいぶかしく感じられる。

 こうした事件報道は象徴的だが、客観的に事実だけを報じようとすればするほど、その客観性が怪しく見えてしまうということは往々にして起きる。とくに官公庁や企業など組織がもたらす情報は、情報源をできるかぎり明らかにして伝えるべきだし、そもそも「記者ときどき私」などと「私」を控えめにするのが記者の美徳という時代も過ぎつつあるように思う。

 「私」がどういう立場で報じたのかを明確にしながら報じたほうが、はるかに信頼される記事になるのではないか。

  →あす(23日)の新聞案内人はチャールズ・レイクさんです。

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