2008年09月04日
| 歌田 明弘 | コラムニスト | 経歴はこちら>> |
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首相の突然の謎めいた辞任、などというと、かつてはその背景に泥々とした陰謀や画策があって、関係者の回想録などで後に明らかになったりしたものだ。今回も、8月初めの幹事長就任時に麻生氏と禅譲の密約が交わされたなどとウワサされている。何らかのやりとりぐらいはあったのかもしれないが、禅譲などしたら有権者の総スカンを食うのはわかりきっている。密約してもあまり意味がないことは当事者もわかっているはずだ。
福田首相は、自分は安倍元首相とは違うと言って辞任発表したが、病気という理由があった安倍氏のほうが、辞任の理由としてはまだましだった。理解不能な辞任ではあるが、最初のニュースを聞いたときの驚きが過ぎてみれば、安倍首相に続いて「またか」と思うし、まあいまどきの2世首相はよくも悪くも淡泊で、政権維持能力がなくなっている自民党政権はこんなものなのかなと、メディアが辞任の理由をあれこれ書けば書くほどそういう気がしてくる。
○取り上げられなかった週刊誌報道
しかし、安倍首相辞任のときには、背景にスキャンダルがあるという説が出た。「週刊現代」が安倍首相の相続税の脱税疑惑をとりあげ、それが辞任の原因だと書いた。この記事を受けて、ネットでは立花隆氏が、日経BPのサイトのコラム欄(関連リンク参照)で、「政界を大混乱に巻き込んだ安倍首相電撃辞任の真相」(2007/09/13)と「週刊現代が暴いた“安倍スキャンダル”の全容」(2007/09/14)と題して記事を書き、注目を集めた。
ところがこの週刊誌報道は、私の知るかぎり、毎日新聞などがわずかに伝えただけで、ほとんどの新聞やテレビは伝えなかった。テレビでも新聞でも、辞任については長時間、放送時間が割かれ、膨大な記事が書かれたにもかかわらず、だ。
不可解に思ったのは私だけではないだろう。立花氏の記事にも書かれているように、安倍氏の事務所からメディアに警告めいたファクスが送られ、またメディア報道に対しては名誉毀損などの訴訟攻勢が続いているから、不用意な記事は書きにくい。そうした事情に加えて、いっさい報道しなかったところを見ると、「週刊現代」の記事内容は報道する価値がないものという判断もあったのかもしれない。
しかし、ネットを通して多くの人が知ったばかりでなく、「週刊現代」の広告は大手紙にも載った。少なくともこうした報道があったこと、さらにこの場合は法律問題なので法律解釈や、もし記事に価値がないというのであればそれを伝えるべきではないか。こう報道されているが真偽はわからない、といったことでも何も取り上げないよりはいい。辞任に関し、他メディアで話題になっている情報について何も伝えないというのは不可解を通りこして不気味ですらある。
こうしたことは、これだけではない。大相撲の八百長疑惑も、週刊誌が取り上げたすぐあと、朝青龍が巡業を休んでモンゴルでサッカーをしていたことがわかり、バッシング報道がテレビを中心に延々と行なわれた。にもかかわらず、八百長疑惑については、大手紙もテレビも何の言及もしなかった。
○新聞は情報のゲートキーパーに
実際のところ、新聞の情報収集力は、ほかのメディアをはるかにまさっている。こんどの首相辞任にしても、夜9時半の突然の発表だったにもかかわらず、翌朝、まるであらかじめ準備してあったかのように、朝日は12面、読売は9面、日経は8面にわたって詳しい記事を載せている。
一昨日(9月2日)の本サイト・トップページの「編集局から」では、日経が「午後9時半から福田首相が緊急記者会見――。それから4時間余りで紙面メニューをめまぐるしく入れ替えました」と書いている。わずか数時間のうちにこれだけの記事を差し替える能力というのは、他のメディアが追随できるものではない(差し替えられた記事は何だったのだろう。紙面で使わないならサイトにでも載せておけばいいのに、などと余計なことも思った)。
新聞記者は同業者がライバルだと思っているが、読者からすればそんなことはない。新聞を何紙も読み比べている人はそう多くはない。その一方、ほかのメディアにはたいていの人がアクセスしている。比較の対象は他紙以上に他メディアである。
不確定なネット情報があふれている現在、新聞は情報の真偽を告げるゲートキーパーの役割をこれまで以上に求められている。しかし、正面切ってそういう役割を誇示しているかというと、かなり控えめだ。他のメディアに載った情報について何らかの情報を持っているのであれば、それを語ることが、新聞がほかのメディアよりもすぐれていることを何よりも実証するはずだ。
週刊誌情報はもちろん、ネットで騒がれた情報についてもタイムリーに取り上げて、情報のゲートキーパー役を果たすことが、新聞が生き残る道なのではないか。