2008年12月24日
| 森信 茂樹 | 中央大学法科大学院教授 | 経歴はこちら>> |
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今年の税・予算編成を見ると、業界や地元の多様な利害を背負った政治家と、縦割りの役所が、統一的な方針や統合された決定メカニズムとは無縁に、部分均衡的に物事を決めた結果、出来上がったのは壮大なパッチワークだということが実感される。
とりわけ、私がこの欄で問題にしてきた道路特定財源の一般財源化をめぐる実際の予算編成過程は、これまで通りの道路至上主義に基づく意思決定が行われ、結局何も変わらなかった。これらの出来事が国民の失望を通じて政権の弱体化につながっていることに全く気が付いていないというのは、おそるべき鈍感だ。ここでは、道路特定財源に関する意思決定を一貫して報道し続けた朝日新聞の紙面づくりに、エールを送りたい。
○「構造改革」は、向かわざるを得ない路線だった
さて来年は、「改めて日本型システムを問い直す年」ではないかと考えている。戦後の高度成長期に形成された日本型システム(経済・生産システム)は、その後、外圧をテコとした構造改革と称するものによって、我が国で消化できる範囲で、しかし確実に変質を遂げてきた。
とりわけバブル経済崩壊後の失われた10年を経て、「改革なくして成長なし」というキャッチフレーズのもとで行われた小泉内閣の「構造改革」は、各種の規制緩和策とともに、会社法の制定に代表されるように我が国の会社法制を、英米アングロサクソン型にむけて大きく変革するものであった。年功序列、終身雇用、企業別組合という3種の神器が、過剰雇用、過剰資本、過剰設備のもと機能不全を起こす中で、成果型報酬・米国流コーポレートガバナンス、時価会計等々を取り入れる構造改革が進み、日本型システムは大きく変質していったのである。
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