2008年08月28日
| 森信 茂樹 | 中央大学法科大学院教授 | 経歴はこちら>> |
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今月末の取りまとめに向けて、政府・与党内で経済対策・補正予算の検討が行われている。選挙をにらんでのことだけに、経済対策・補正予算の中身が、「真に必要なもの」か、「選挙目当てのばらまき」か、という点に注目が集まる。とりわけ政府・与党は、「無駄ゼロ」プロジェクトを立ち上げ具体的な支出削減策を検討中で、経済対策との整合性が厳しく問われる。この点について、新聞が何をメルクマール(基準)として、経済対策・補正予算が「ばらまき」なのか「有効な政策」なのかを区別するか、きわめて興味深いところである。
○赤字国債発行だけでは基準にならず
経済対策が必要なものかばらまきか、これを判断するにあたっては、今回の不況の原因であるコスト高への対応となっているかどうか、選挙目当てに多くの有権者に現金を配るようなものかどうか等さまざまな視点があるが、各紙とも、まずは、補正予算の「赤字国債の発行」があるかないかを基準としているようだ。
しかし、これまでの景気対策における公共事業は、建設国債という、赤字国債とは別のファイナンス方法で行われてきた。2011年度プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化という公約も、国債の種類を区別してはいない。これらのことを考えると、赤字国債の発行だけをメルクマールにすることには、問題があるといわざるを得ない。
○政策効果の事後検証こそ大事
本来予算が効果的なものかどうか判断するためには、事前事後の政策評価システムが確立されていなければならない。公共事業の追加には、事前のコストベネフィット(費用対効果)検証を厳格に行う必要があるが、もっと重要なのは事後の検証である。我が国では、事前の予算(インプット)に重点がおかれ、予算が付いてしまうと役所の仕事の大半は終わりで、政策効果の事後(アウトプット・アウトカム)の検証は極めておろそかにされている。この観点からは、「まず規模ありき」の自民党幹部の発言など、発想自体が全くの時代錯誤であるというべきだ。
先進諸国の予算編成は、事前の予算より、事後の評価を重要しており、この機会に、経済対策・補正予算の事後的な評価・検証を、会計検査院が行えるようなシステムを導入することも一案だ。
○効果の高い事業への振り替えがカギ
さて、「ばらまき」かどうかの判断だが、福田政権の最大の課題が「無駄」を排す、という点にあることを考えると、経済対策・補正予算の財源は、基本的に、既存の政策予算を振り替えることによって調達するべきであろう。ある省のある政策を取りやめ、他の省の経済対策として有効な政策の財源とするのである。この結果、補正予算の財源は予算の組み替えだけで、予算の無駄使いはなくなる。政府・与党の「無駄ゼロ」プロジェクトは、予算の執行上の問題ばかり取り上げているが、今必要なことは「効果の不明な政策のとりやめ」と、それによって「浮いた財源での必要な経済対策」である。
米国には、「新た施策や減税を行なうには、歳出増・歳入減に見合った増税または経費の削減を同一年度内に行なわなければならない」という、ペイ・アズ・ユー・ゴー原則があって、クリントン政権が財政黒字を達成した原動力になった。我が国のシーリング(概算要求基準)も同じような機能を果たすが、他省庁の予算には踏み込まないという点で決定的に異なっている。効果の薄い事業をより効果の高い事業に振り替えるという、官庁の仕切りを超えた予算の組み替えこそが、「無駄ゼロ」と「経済対策」の両立の道である。その結果、公債発行なしでの経済対策が可能になるのである。
「効果の不明な政策にメスを入れる」という点では、日経社説(8月16日、17日)が、「医療・介護の再生に向けて」と題して、専門的・具体的に問題点を指摘している。このような指摘の中から、無駄な政策を探し出し経済対策の財源とすることが、「ムダボを肝に銘じよ」(朝日社説8月13日)につながる。ここらあたりの議論をもっと深めてはどうであろうか。
ひとつ印象に残った記事がある。8月11日付の日経「こんな法律ホントにいる?」という記事である。国会等移転法、リゾート法等を例にあげて、予算の無駄遣いを指摘している。誰も指摘しなかった問題で、きわめてタイムリーかつユニークな発想だ。
「無駄ゼロ」プロジェクトは、そのようなマスコミの地道な取材の成果を生かすようにしてほしいものだ。