2010年01月28日
| 田中 早苗 | 弁護士 | 経歴はこちら>> |
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ただ、朝日の声欄を見ると、会社役員の及川輝治さんは、「検察の動きに疑念とある種の不安を覚える」「検察の思惑で政治が動かされれば民主主義は崩れる」「検察の情報のリークと思われる報道も問題だ」などと投書している(26日付け)。この声に代表されるように、読者の中には、検察リークに踊らされている新聞という認識は根強い。
○背景に検察とメディア双方への不信
その原因の一つは検察不信だろう。
ロッキードやリクルート事件のとき、私たちは、政界の暗部に斬り込む検察捜査に魅了された。しかし、今では当時考えられなかったような逆風が吹き始めている。ライブドア・村上ファンド事件あたりから、特にビジネスマンを中心として、検察は無理筋の事件を立件していると見るようになったと、私は感じている。社会部記者たちも、最近の検察捜査の問題点には気づいているのだろうが、今回の一連の記事の中には検察権力を監視・チェックするという視点がほとんどみられない。
2番目の理由は報道不信である。
読者は、新聞に対し、「政治とカネ」を巡る問題を広く取り上げてもらいたいと思っている。建設会社側から渡ったとされるカネはどういう性格のものか、背景にある両者の関係はどのようなものなのか、さらに、東北における入札に対する小沢氏の影響力が喧伝されているが、なぜ、当時、野党であり、職務権限がない小沢氏に影響力があったといわれているのかなど多面的、大局的に掘り下げた記事を求めている。
ところが、紙面をみると、形式的な政治資金規正法違反の有無、とりわけ検察がこの法律をどう適用しようと考えているのか、その動きについて大きく取り上げているようにみえる。
検察の捜査手法の批判はせずに、検察の動きを大きく取り上げる紙面をみるにつけ、読者には検察と報道機関が一体となって、虚偽記載での立件に邁進(まいしん)していると映るのではないか。
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