2008年11月28日
| 田中 早苗 | 弁護士 | 経歴はこちら>> |
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元厚生次官ら連続殺傷事件。「飼っていた犬を保健所に殺された恨み」と、小泉容疑者は動機を供述している。この報道に触れ、意表を付かれた方も多かったのではないか。というのも、メディアではこの事件を「テロ」と呼称していたからだ。
○「テロ」という言葉が与える不安
林香里・東京大学大学院准教授は、11月26日付け本欄で「この事件の報道の仕方は、『読者に予断を与えた』ということにならないだろうか」と述べている。同感だ。予断だけでなく、読者に計り知れない不安を与えることにもなったとおもう。
英国の公共放送BBCの編集ガイドラインには、「我々の信用は、感情的な判断や価値判断を帯びた不用意な言葉を使用することで損なわれる。『テロリスト』という言葉そのものが、理解を助けるよりも障害になる場合がある。誰が行ったかが特定できない場合は、この言葉は避けるべきである」(日本語訳発行・日本放送労働組合放送系列)とある。信頼されるメディアになるためには、極力「テロ」を使わないというのだ。
ただ、今回、警察当局は当初、次官経験者を狙った連続テロの可能性があるとみていたようである。しかし、ガイドラインは、「我々は判明した事実をありのままに伝える一方、そういう特徴を述べるのは他の人にさせればよい。我々は他人の言葉を自分のものとして借用すべきでない。……我々の責任は、誰が誰に対して何をしているのかについて、視聴者自らが評価できるように、客観的な立場を維持して報道することにある」と述べている。
○麻生さんの“失言”はマスコミのせい?
言葉の使い方といえば、最近注目されるのは麻生首相である。
「未曾有」を「みぞゆう」、「頻繁」を「はんざつ」、「踏襲」を「ふしゅう」。そのほか「参画」を「さんが」、「措置」を「しょち」、「偽装請負」を「ぎそううけあい」(週刊文春11月27日号)。さらに「有無」を「ゆうむ」、「物見遊山」を「ものみゆうざん」(週刊新潮11月27日号)と誤読したというのだ。
極めつけは、医師不足への対応を問われ、「(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」という発言である。
この失言に対し、精神科医の斉藤環氏は、マスコミの偏向報道が最大の要因だとし、「報道の偏向ぶりはまず言葉にあらわれる」という。その例示として、正しくは「受け入れ不能」にもかかわらず、「たらい回し」「受け入れ拒否」といった誤った言葉が、いまだに流通していると指摘する(23日付毎日新聞)。確かに、「受け入れ拒否」では、医師の数が少なく、過酷な労働環境で働く医師の現状を想像することはできない。
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