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2009年07月03日

西島 雄造 ジャーナリスト、元読売新聞芸能部長 経歴はこちら>>

マイケルの死・一時代の終わり(1/3)

 オーラと言われるものが、体内から発散する磁力のようなものだとするならば、歌いながら、足を滑らせるようにしてムーンウォークを見せるマイケル・ジャクソンは、確かにオーラを放射していた。

 1987年9月12日の東京・後楽園球場。照明と演出、破裂せんばかりの音響にも五感を刺激されて、客席は興奮のるつぼと化した。「スリラー」「バッド」という超ヒットアルバムの後に、実現したマイケルの東京公演を目のあたりにした印象は、内省的で優しかった。

 一方、同じ年の6月21日、場所も同じ後楽園球場に登場したマドンナは、観客にさえ挑むようなポーズを見せた。客席の照明が消され、光が舞台に集中すると、ファンは総立ち。手をたたき、足を踏み、喚声を上げながら体を揺すり続けた。

 マドンナもまた「一緒に手をたたいて」「用意はいいわね、みんな踊るのよ」と刺激した。「Like A Virgin」を歌い上げるマドンナの女性ファンは、<want to be>――マドンナと同じようになりたい――との願望を内に秘めていた。これもオーラのせいだったのだろう。

 先月25日(日本時間26日)、急死したマイケルを、マドンナは「世界は一人の偉人を失った」と惜しみ、オバマ大統領は「彼はたぐいまれな歌手で、音楽界の偶像だった」と語ったという。ここにまた、ひとつの時代が終わった、という言い方がされるだろう。“時代”というのは、どこかで始まり、いつかは終わる。

 すでに64年を経た戦後をさかのぼれば、数々のミュージック・シーンがあった。
 戦後の10年はラジオの時代。FEN=アメリカの極東向け放送から流れる曲は、ニューヨークのウォルドルフアストリア・ホテルから中継されるダンス音楽や、女性歌手が歌う甘いバラードだった。音楽は戦地の兵士の郷愁を慰め、また鼓舞もする。

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