2009年06月02日
| 水木 楊 | 作家、元日本経済新聞論説主幹 | 経歴はこちら>> |
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ある朝、女房殿が床に新聞を広げ、這いつくばって新聞を読んでいました。我が家には朝日、日経、読売の3紙に加え、「デイリースポーツ」が配られてきます。
デイリースポーツには阪神タイガースの記事が多い。私がファンだから購読しているのですが、女房殿の読んでいるのは、あいにくそのデイリースポーツだったのです。昨夜の勝利の気分をもう一度味わいたくて、早く読みたいと思っているのですが、なかなか終わりません。
「ずい分、丁寧に読んでいるんだな」。そう皮肉交じりに言ったところ、反撃を食らいました。
「ひとつひとつ、記者の人たちが一生懸命取材して書いているんでしょ? 読むのに時間がかかるのは仕方ないわ」
○新聞の作り手側の読み方、読者側の読み方
返す言葉がなく、うな垂れました。というのも、彼女と同じように床に新聞を広げて読んでいた時代が私にもあったのです。彼女とは異なり、各紙を並べ、紙面を比較していたのです。新聞社の編集局次長として「局番デスク」をしていた時代でした。局番デスクというのは、その日の新聞紙面の責任を負う役割を担います。
あの頃は新聞記事を書く側、編集する側の目で新聞を読んでいました。それがいつの間にか、新聞を購読する側の目に100%なっていたのです。しかし、女房殿は私が新聞記者として日々一喜一憂していた時代の読み方を、そのまま愚直に受け継いでいたということになります。げに、女性は恐ろしい。
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