2009年01月21日
| 水木 楊 | 作家、元日本経済新聞論説主幹 | 経歴はこちら>> |
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1960年代の頃でした。社会部から経済部に加わった仲間が「記者数え唄」を宴会で披露してくれました。記者の原稿を書く苦労を面白おかしく語った唄です。
一つ、一人で書くのを特ダネ原稿と申します。月給上がります。
二つ、二人で書くのを書き分け原稿と申します。デスク直します。
三つ、皆で書くのを企画原稿と申します。ボツがありません。
四つ、夜に書くのを泊まり原稿と申します。酒が滲みます。
五つ、いつも書くのを得意原稿と申します。メモなど要りません。
六つ、無理して書くのを捏造(ねつぞう)原稿と申します。後が怖いです。(これは、まかり間違って捏造などするんじゃないぞ、と新人に言い聞かせている唄と解釈してください)
七つ、泣き泣き書くのを特落ち原稿と申します。根性入ります。(特ダネの逆。追っかけ原稿とも呼ばれる)
八つ、宿で書くのを出張原稿と申します。小銭入ります。(出張手当のこと)。
九つ、苦労して書くのをアタマ原稿と申します。派手な見出しです。
この一つ一つが終わった後に、「オッピョ!」という意味不明の合いの手が入るのでした。以来、この「オッピョ節」はすっかり人気となり、みなで声を合わせ、「オッピョ!」と、九番まで大声で叫んだものです。
みなが楽しみにしていたのは、最後の「十(とう)」でした。
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