2008年09月29日
| 水木 楊 | 作家、元日本経済新聞論説主幹 | 経歴はこちら>> |
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米国の大統領選挙は共和、民主の正副大統領候補も決まり、報道も白熱してきました。サブプライム問題に端を発した信用不安で、米国経済もよたよたしていますが、やはりそこは超大国。誰が大統領になるか、みなが固唾を呑むのは当然かもしれません。
けれども、米国大統領の力が一体どれくらいの大きさか、何を決め、何を決められないのかについて、正確に報道した解説記事が少ないように思えます。テレビや雑誌を見ても、米国大統領が米国のみならず世界の運命の鍵を握っているかのような報道が溢れています。
○実権はさほど強大ではない?
読者の皆さんの興味に水をかけるようで申し訳ないのですが、私は米国大統領の力を報道されているよりは小さく見ています。一国のリーダーとしての力で言うなら、日本の首相の方が、実は大きいのです。
米国大統領は3軍の長でもありますから、戦争を開始したり、止めたりする権力があり、この点では大変大きな影響力を世界に対しても有していますが、それ以外では、例えば予算案を議会に提出する権限はない。毎年1月に予算教書を出しますが、あれは議会に「こうしたらいかがですか」と勧告しているだけで、日本の政府のように予算案編成して提出しているわけではない。議会で審議する法案の殆どは議員立法です。
共和・民主の両党は大会を開き大騒ぎをしましたが、米国の政党は日本などと異なり「党議拘束」などしません。民主党でありながら、共和党の議員の提出した法案に賛成票を投じるなどということは始終なのです。では、何のための政党なのかと問われれば、大統領候補を選ぶための政党に過ぎないと断言する人もいるほどです。
米国全体の意思決定メカニズムという意味では、議会の方が大きな決定権を有しています。大統領選挙とともに下院全員と上院3分の1が選挙の洗礼を受けますから、そちらの方により多く取材の重点を置くべきなのです。それもいま申し上げた理由によって、共和、民主どちらが勝ったかという大雑把な分け方だけではなく、どのような傾向を有する、誰が勝ったかを、細かく分析すべきでしょう。
もうひとつは、州政府の権限の大きさです。州によって間接税などは大きく異なりますし、酒を飲んでもいい悪いも違う。まるで別の国ではないかと思えるほどの違いです。
ひとつの国の国民は、他国を見るとき、自分の国の物差しに囚われるきらいがあります。中央集権的な日本に住む私達は、米国を見るとき、どうしてもワシントンだけを見て論じてしまいます。議院内閣制の日本の首相は、官僚のしぶとい力をどうコントロールするかという問題はありますが、「小泉改革」に見るように、やろうと思えば、相当のことが出来る仕組みになっています。だからというわけだけでもないでしょうが、どうしても大統領選だけに目が集まってしまうのでしょう。
○米社会の不易流行を映す
では、お前は大統領選挙に注目していないのかと問われれば、さにあらず。大いに注目しているのです。米国大統領選挙は米国民が何を望み、何を望んでいないのかを示す絶好のイベントだからです。
話はちょっと横道にそれますが、ワシントンに記者として駐在していたとき、カリフォルニア州のサクラメントから汽車に乗り、米国大陸を横断したことがあります。深いロッキー山脈を抜けると、砂漠のような荒れた土地が広がる。かと思うと、1日中走っても尽きぬ穀物畑になる。そんな風景の中に、星条旗を立てた家がぽつんぽつんと点在しているのでした。面白いと思い、中西部の農家に2日間、泊めてもらったこともあります。夕食になると、みなテーブルの上の手に手を乗せて、神に祈りを捧げるのでした。
あれ以降、米国社会も随分と変わったことでしょうが、米国人の相当部分はあの中西部の人たちの価値観を受け継いでいるはずです。それが大統領選挙にどのように表れるか。
例えば、オバマ候補も最近、イラクからの撤兵について言を曖昧にし始めました。日本人から見た良し悪しは別として、米国民の多くは米軍の海外における展開をひょっとしたら支持しているのかもしれない。大統領選は、米国の変わるもの、変わらないものを映し出しているようで、大変興味深く注目しています。
→あす(30日)の新聞案内人は、歌田明弘さんです。