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2008年08月13日

水木 楊 作家、元日本経済新聞論説主幹 経歴はこちら>>

朝刊一面コラムを“くらべ読む”

 朝日の「天声人語」、読売の「編集手帳」、日経の「春秋」は、読者のアンケート調査でも、「いつも読む」と答える人の多い、注目率の高いコラムです。それもあり、このコラムを執筆する記者たちは、ベテランであるだけではなく、その新聞社で文章が上手とされる人たちです。ここは、記者たちが文章力を競う大舞台と言ってもいいでしょう。

 新聞を3紙も購読するのは大変ですが、この「あらたにす」のお陰で、読み比べが簡単にできるようになったのはありがたいことです。そこで、私は毎朝のように、「今日はどこが勝ったかな」と少々意地の悪い視点で眺めることにしています。文章力の上手下手はもちろん採点の大きな基準ですが、もうひとつ欠かすことのできない基準があります。それが、その日、記事として掲載されている大きなニュースを、どれだけタイミング良く取り上げているかどうかという視点です。

○文章力とニュース性が尺度

 ただののんびりしたエッセイではなく、新聞社のコラムなのですから、ニュース性でも勝負しなければならないと考えるからです。限られた短い時間内で、大きなニュースをどのように自分の尺度で解釈し、表現するかというわけですから、大変難しい。知識の量の底辺が大きくなければならないし、物の見方が柔軟でなければならない。もし、それが出来るというのなら、ブンヤ稼業の名利に尽きるというべきでしょう。

 その点で言うなら、各紙これまで何人かの名筆家を出して来ましたが、朝日の深代淳郎(ふかしろ・じゅんろう)さんは抜きん出た存在でした。そのときどきのニュースを、奇をてらわず、独特のざっくりとした切り口で料理してみせたものです。

○「朝日」深代淳郎さんのこと

 実は、この深代さんとは今から40年近く前のことになりますが、ロンドンでお付き合いしたことがあります。大きな経済事件が起きると、彼から電話がかかってきて、日本料理屋で、あれこれ原稿のことなど話し合った記憶があります。

 また、名門のパブリックスクールであるイートン校の卒業生の結婚式に招かれたとき、燕尾服に山高帽のいでたちをしなければならなくなり、衣装一式を借りてきたのはいいが、ハイネックのやり方が分からず途方に暮れたことがありました。そのとき、電話で懇切丁寧に教えてくれたのが彼でした。

 彼の方が先に帰国したのですが、そのとき口にした言葉が、「飛び切りの美人とこれからお付き合いするんだ」。その美人とは、「天声人語」のことでした。長い間の念願が叶い、その主執筆者となったのです。

 また、彼はこうも言いました。「市岡君(私の本名)、僕がね、英国のことを書いたときは、ヤキが回ったと思ってくれていいよ」

   入社後、英国で勤務しただけではなく、若い頃、留学したこともあるのですから、英国は第二の故郷のようなものであったでしょうが、その英国のことは書かないというのです。彼の覚悟のほどが分かるというものでした。

 2年後、私も帰国したのですが、あれはいつ頃のことだったか、朝日新聞の上にあったレストランに昇るエレベーターの中で、彼にばったり会いました。そのときの驚きは、今でも忘れることができない。

 髪の毛が真っ白になっていたのです。そして、しばらくして彼は亡くなってしまいました。

 彼のことを思う度に、民話の「鶴の恩返し」が頭に浮かんできます。命を助けてもらった恩返しに、鶴が美しい女性に化け、自分の羽を抜き取って織物にするという話ですが、深代さんは自分の体を削り取るようにして名文を織りなしていったのでしょう。

 命を削ればいいというわけではありませんが、ここはブンヤの真剣勝負であることに変わりなし。というわけで、みなさん、「あらたにす」を活用しながら、3紙コラムの星取表を作成してみるのも、一興ではないでしょうか。

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