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2008年07月23日

水木 楊 作家、元日本経済新聞論説主幹 経歴はこちら>>

サミット、五輪報道の舞台裏

 洞爺湖サミットは、福田首相が「2050年までにCO2を50%削減することで合意した」と記者会見で発言し、「大成功」のうちに終わった、かのようです。それをテレビで観ていて、正直言って何か空しい思いがしたものです。

 実はサミット取材は現役の頃とデスクの頃とを合わせ、数回経験したのですが、あれほどつまらない取材はありませんでした。独自取材が全くと言っていいほどできないのです。

 報道陣はプレスセンターに事実上隔離され、外務省や官邸のスポークスマンがやってきて話すことと、センターに配られるプレスリリースを元に原稿を書く。それでいて、本社のデスクは新聞の版ごとに記事を新しくしたいので、やれ「原稿を送れ」、「新しい見出しは何にするか」と矢の催促をしてくる。絞った雑巾をさらに絞るようなもので、大変な苦しみでした。

○「大成功」なのか、今後の報道に期待

 今度も、プレスセンターは本会場から30キロも離れたところに設置されたようですから、会場を廊下トンビして取材するなどということは事実上不可能だったはずです。サミットの記事や見出しがどこも似たようなものになるのは、そのような舞台裏があるからです。各国の外務省はどのようにして報道陣にレクチャーするか腐心したはずで、報道陣は彼らの薬籠中の物とされていると分かっていても、どうにもならない。

 折角の取材陣の苦労に水をかけるようで申しわけないのですが、さりとて、サミット取材が全く意味がないかというと、そうではありません。大事なのは、サミット以降の独自取材です。各国の首脳はそれぞれ少しずつ異なった認識を持って自国に戻り、関係閣僚や官僚たちに政策の実施を指示したり、議会で説明したりします。それがだんだん表面に出てくる。例えば、米国が「50%削減」をどれだけの強さで約束したかなども徐々に判明することでしょう。

 サミット取材で得た感触と、それ以降伝わって来る感触とを比較して記事を書く。逆説的に言うなら、比較の物差しを持つ意味で、サミット取材は大事なのかもしれません。サミット以降の記事に注目したいものです。

○オリンピック通じて描く「中国像」

 サミットほどではありませんが、オリンピック取材も、あまりダイナミックな独自取材は期待できないのではないかと思われます。いつどこにでも行って取材できるというわけではないし、取材といっても観戦以上の行動は相当制限されています。

 勢い、プレスセンターに配られてくるデータとテレビ画像を通じる材料収集が中心になるはずです。ですから、私がオリンピック記事で注目するのは、以下の3つとなります。

 第一は、そういう制約があることは最初から分かっているのですから、その中でどのように独自性を出すか、各紙は工夫することでしょう。ただたくさん取材陣を送り込んだだけでは、東京でテレビ画面を観たり、送られてくるデータを人海戦術で処理するのとさして変わりはない。独自取材が難しい中で、独自性をどのようにして出すか、その工夫をできることなら発見したいものです。

 第二は、各紙記者ないしは新聞社が依頼したライターの「雑感」。感想文です。私には注目している記者やライターが数人います。彼らの書く雑感を読みたい。それが独断的であればあるほど面白い。

 第三は、日本の新聞や雑誌にはすぐには反映しないでしょうが、オリンピックを良い機会として、中国国内を取材して回った外国人ジャーナリストたちの描く「中国像」です。中国政府が彼らにどれくらい取材の自由を許すかについても関心があります。それらはジャーナリストたち本国の新聞や雑誌に掲載され、やがて日本の新聞や雑誌にも、その要約が海外駐在記者の手を経て伝えられてくることでしょう。

 結論を言うなら、ナマのデータはテレビ画面を観たり、インターネットを覗いたりすれば分かる。それよりも、観たり聞いたり読んだりした材料を、記者やライターがどのように消化し、自分の見方にまとめ上げたかが、イベント記事の醍醐味ということになりましょうか。

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