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2008年02月27日

水木 楊 作家、元日本経済新聞論説主幹 経歴はこちら>>

ベタ記事から見えてくるもの

 新聞記事にはみな見出しがあり、その一番小さな見出しの記事を「ベタ記事」と呼んでいるのは、みなさんもご存知でしょう。その日の紙面の中では重要度が低いと判断された記事で、大抵は紙面の下の方を這うようにして、いくつか配置されています。私はこのベタ記事を読むことを、結構楽しみにしています。

 ずっと昔、第2次大戦の末期のこと。「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門という財界人がいました。根っからの自由主義者で、電力が国営化されるのに反対して一切の公職から退き、埼玉県の田舎に引きこもりました。

 ところが、ある日、彼の山荘を訪れた新聞記者に、確信をもって予言したのです。「この戦争は間もなく終わるぞ」。毎日、「勝った、勝った」の大本営発表が繰り返されていたときでしたから、記者はびっくりして松永の顔を見上げました。すると、松永は新聞の外電面を記者の鼻先に突き出し、ベタ記事を指差したのでした。そこには「四カ国首脳、ヤルタで会談」とあったのです。米英仏ソの首脳がヤルタに集まり、大戦後の秩序について話し合った歴史的な会談でした。国際人の松永は、その意味の重さを直感したのでした。

 「ヤルタ会談」級のベタ記事には滅多にお目にかかれませんが、それでも継続して読んでいると、何かがぼんやり見えてくることがあります。1月から2月にかけての国際面に現れた、イランについての記事を例にとってみましょう。見出しだけを並べてみます。

 「米艦威嚇めぐりイランに警告―大統領補佐官」(1月8日・日経)、「『通常の行為』イラン外務省」(同日・読売)、「米軍への挑発、イランが否定」(1月10日・日経)。 ホルムズ海峡で、イランと米軍との間に何やらきな臭い気配が生じているのが分かります。すると、この問題はベタ記事から出世して、「米大統領、イラン警告。攻撃あれば『深刻な事態』」(同日・朝日)という、4段見出しの記事になりました。

 2月になると、「高機能分離機、イラン、稼動か―ウラン濃縮」(14日・日経)というベタ記事がウイーン発の特派員電で伝えられます。イランの核開発に国際機関が警戒心を募らせている様子が分かります。
 ついで、やはりベタ記事「イラン大統領が来月イラク訪問」(同日・日経)。イランのアハマディネジャド大統領は対米強硬派で知られる人物です。おまけにイラクとは戦争をしたほどの険悪な関係のはずです。一体、何が始まろうとしているのか、興味をそそられます。

 そう思っていたら、NHKが「米イラン外交の舞台裏」という特集を組んでくれました。イランについてのベタ記事を読んでいなかったら、別のエンターテインメント系の番組を観てしまうところでした。
 番組を観てみて、なるほどと思ったのですが、ブッシュ政権は一朝事あれば、イランの核開発施設を空爆することも辞さぬ構えで、空母2隻をペルシャ湾に派遣していたのでした。

 番組によれは、米国はイラクのフセイン体制を崩壊させたのはいいが、その代償を支払っているようです。フセイン体制では、国内多数派のシーア派を除外し、少数派のスンニ派が権力を独占していたのですが、選挙をしたため、シーア派が政治の表舞台に躍り出る結果となったのです。
 だから、シーア派の国であるイランと、フセイン以降のイラクとの間に新しい結びつきが生まれようとしているわけで、イラン大統領の訪問となったのです。

 言うまでもなく、日本に運ばれてくる石油の9割はペルシャ湾を通ります。イランと米国との間で何かが発生したら、日本は大騒ぎになるでしょう。イランをめぐるベタ記事の底には、日本経済を吹き飛ばす地雷が埋め込まれているようなものです。

 これはほんの一例です。みなさんもテーマを決めてベタ記事を追っていると、意外な収穫を得ることができるかもしれません。

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