2009年01月27日
| 安井 至 | (独)製品評価技術基盤機構理事長、東大名誉教授 | 経歴はこちら>> |
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読売新聞の社説(1/26)をはじめとして、各紙がこの話題を取り上げている。環境省の第1次案を麻生首相が「シャビー」(みすぼらしい?)と一喝したらしいが、今後どうなるのか。
最大かつ本質的な問題は、何がグリーンなのか、また、ニューディールと単なる公共投資とはどこがどう違うのか、という定義が無いまま議論が進んでいることにある。
一方、オバマ新大統領のグリーン・ニューディール政策は、かなり戦略性が高い。それは、エネルギー安全保障とビッグ3の復活による雇用回復という非常に大きな国家的要請に対して、もっとも有効な政策は何か、という戦略的検討に基づいているからである。逆に言えば、米国にとってこの2つの問題は、国家的危機なのである。
○「何が国家的危機か」の議論が出発点
日本版を考えるにあたって、もっとも重要な出発点は、現在の日本における国家的な危機は何か、という議論であり、議論の結果生み出される合意である。私見だが、世界全体の状況と日本の状況を俯瞰的に見れば、グローバルレベルなら気候変動/エネルギー供給/鉱物資源限界の危機があり、国内では、地域における生活の未来像が見えないという危機がある。いずれも広義の環境問題+経済問題である。
そして、このような状況の中で、日本という国は、何を目指してどのような国造りを行うか、ということが「グリーンの」根本的な課題である。
公共投資とニューディールはどこが違うのか。キーワードは「目先の利益」である。ディールの語源はトランプゲームにあり、ニューディールとは、手持ちのカードをすべて捨てて、新たにカードを配り直すことである。すなわち、既存の利権構造を無視して、将来本当に必要な対象について、公共投資を行うことがニューディール政策である。
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