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2008年11月19日

安井 至 (独)製品評価技術基盤機構理事長、東大名誉教授 経歴はこちら>>

冬到来とインフルエンザ予防接種

 先週のことだが、久しぶりに喉に強い痛みを感じた。一瞬、これはインフルエンザか、と思ったが、結果的には大事には至らなかった。周辺でも同じような症状を訴える人々が多かった。

 インフルエンザというと慣れすぎているためか、その怖さを認識しない人が多い。しかし、実際にはきわめて恐ろしい病気である。一般に、ワクチンが存在しているということが、怖い病気であることの証明書のようなものである。

 インフルエンザにかかると、小児よりも高齢者の死亡者が多い。そのため、平成13年度より、65歳以上の高齢者に対してワクチン接種費用の一部を公費によって補助する制度が作られた。
 厚生労働省のインフルエンザ予防接種ガイドライン等検討委員会の見解では、「予防の基本は、流行前に予防接種を受けることです。これは世界的にも認められているもっとも有効な予防法で」、となっている。

 日本のワクチン接種率は、過去の例を見ても、様々な要因によって上下することが知られている。学校などによる集団予防接種を止めて以来、小児への接種率は下がっている。小児へのワクチン接種は、インフルエンザウイルスというものが、次々と変種に移り変わるため、そもそもワクチンでは流行を防ぐ効果は少ないという主張もある。
 さらに、市民団体の中には、高齢者の予防接種にも反対している団体もある。65歳以上の費用一部公費負担は税金の無駄であって、製薬業界に対する利益誘導である、といったトーンでその理由を述べている。

 もしも、予防接種を受けようとするのならば、その流行時期を考えると、12月中旬までが望ましいとされているが、受けるべきか、受けざるべきか、情報そのものが錯綜している感があって、一般市民としては、判断に困るのが現状である。
 どのような情報提供が望ましいのか。やはりリスクとベネフィット(便益)の両面からのきちんとした説明が欲しい。

 まずリスクだが、厚労省の報告書には、その記述として以下のようなものがある。
 「予防接種の副作用として、直後の一時的な症状がでることに加え、数日から2週間以内に、発熱、頭痛、けいれん、運動障害、意識障害といった症状が現れることもある。非常にまれではあるが、ショックやじんましん、呼吸困難などがあらわれることもある」
 加えて、「予防接種を受けることができない人として、ひどいアレルギー反応を意味するアナフィラキシーが起きる人」という記述もある。何も知らないでこの指針を読むと、予防接種を受けることを躊躇するだろう。

 一般市民のリスク感覚として、「何か行動を起こして取り返しの付かないことが起きる可能性があるのなら、行動をしない」、というメンタリティーがある。このような感覚を植え付けるのに十分な情報だけが読み取れるのである。

 次は、予防接種の便益である。これも理解するのは難しい。上述の厚労省の委員会によれば、「65歳以上の場合、予防接種を受けないでインフルエンザにかかった人の34~55%は、予防接種を受けていればインフルエンザにかからずに済んだこと。予防接種を受けないでインフルエンザにかかって死亡した人の82%は、予防接種を受けていれば死亡せずに済んだろう」、という表現がある。
 しかし、これを読んで、リスクと便益とをどのぐらい実感として理解することが可能なのだろうか。

 予防接種を受けるのか、受けないのか、以上のような文章表現だけで判断をするのは、大変難しいことである。いずれにしても、記述が著しく不十分のように思える。
 また、厚労省のデータからだけでは、予防接種に公費補助を行うことの妥当性を読み取ることも難しい。インフルエンザにかかる患者が減れば、あるいは、死亡者が減れば、医療費の削減になるはずである。公費補助の総額と医療費の削減額との比較をするような検討とその結果の公開も必要不可欠である。

 今回、インフルエンザの予防接種に関するリスクと便益を取り上げたが、一般に、日本という社会では、一般市民が、リスクというものを理解する能力そのものを十分にもつ方向にはないように思える。

 そのため、いつまでたっても、リスクに関する事項の合意形成が難しい。様々な分野での改善が必要である。新聞もまた、分かりやすい記述にチャレンジすることを切望したい。

  →あす(20日)の新聞案内人は、桐村英一郎さんです。初登場です。

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