2008年09月08日
| 安井 至 | (独)製品評価技術基盤機構理事長、東大名誉教授 | 経歴はこちら>> |
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福田首相が突然の辞意を表明した翌日の、新聞3紙による業績評価は散々なものだった。しかしながら、環境関係、特に地球温暖化に関係する研究者などからの福田首相の評価は、そんなに悪いものではない。むしろ、適切な判断力に基づいて巧みに行われたという評価が多い。
6月に福田ビジョンが発表され、「低炭素社会」へと大きくかじを切ること、その移行が「新たな経済成長の機会」ととらえるべき、との意見が表明された。この意見は、一部NGOには、思い切った施策、例えば、企業からの温室効果ガスの排出量の上限を決めるといった提案を含まないということで不評であったが、この時点での妥協案としてはまずまずなのではないか、と評価ができる。
その後、7月の洞爺湖サミットにおいて、地球全体としての長期目標である2050年における排出量半減の合意をなんとか取り付けた。米国は恐らく反対の立場であったと思われるものの、昨年のハイリゲンダムサミットのとりまとめから半歩前進をした。
2020年までの削減の数値目標は、これからの国際交渉によって決めるべきことであって、正義感で安易に目標を述べることではない。ポスト京都の枠組みの基準年をいつに定めるか、あるいは、セクター別アプローチという方法論の主張など、日本が取りあえず行うべき最低のラインは達成されていたように思える。
洞爺湖サミットにおける采配も、海外からの評価によれば、まずまずだったようである。
そして、7月29日に「低炭素社会にむけた行動計画」が閣議決定されている。福田首相としては、環境対応に関しては、やるべきことをやったという自己評価になったのではないだろうか。
日本社会が不景気、年金、医療、物価などの問題で覆い尽くされ、この福田ビジョンから行動計画に至る一連の動きを高く評価できる状態になかったことは、福田首相にとって不幸なことであった。すなわち、国民の視点からは、環境問題などに取り組んでいる首相は、どこか現実離れした存在にしか見えなかったのも当然であろう。
もしもの話ではあるが、ねじれ国会の状況がなかったら福田首相はこれほど熱心に地球温暖化に取り組んだだろうか。想像するに、ロクな法律ひとつ作ることができず、日銀の人事も思うように動かせない状況に愛想をつかし、唯一対応が可能だった国際的な問題である地球温暖化に取り組んだのではないだろうか。
その結果が上述の行動計画だが、閣議決定事項であっても、これが次の内閣によって尊重されるかどうか、かなり怪しい。しかし、国際社会に対しての約束は、今後いかなる政権ができたとしても、尊重せざるをえないだろう。そして、この行動計画の本当の意味が分かる総理が出現することが、日本の未来にとって重要なことだろう。
こうしてみると、ねじれ国会の副作用としてではあったものの、日本という内向きの国が、この間、いささかでも国際的な国であったという事実は、考えてみると相当皮肉な現象だったように思える。
その後の三紙の論評だが、日経が3日の朝刊で、福田首相の業績を、環境問題への対応を含めて上手くまとめていた。