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2008年03月24日

安井 至 (独)製品評価技術基盤機構理事長、東大名誉教授 経歴はこちら>>

経産省の二酸化炭素排出予測を巡って

 3月21日の社説は、まさに3紙3様であった。このようなときに、各紙が何に重きを置くべきだと判断しているか見えてくる。19日の総合資源エネルギー調査会で、経済産業省は日本の長期エネルギー需給見通しを提出した。その内容は20日の各紙で取り上げられている。二酸化炭素などの温暖化ガスの排出予測とその削減費用が試算されているが、今後、52兆円を投じても、2020年段階で、1990年比の4%減が達成できるだけだ、としている。 

 これに対し、日経は21日社説で大反発。その論点は(1)京都議定書目標達成計画と大きく矛盾する(2)2050年に世界の排出量半減を目標とする「Cool Earth50」が反映されていない(3)消費者への省エネ商品の購入の義務付けなどの強権的な措置が必要という不穏当な表現(4)削減可能なのはEUの5分の1といった後ろ向きの数値(5)京都議定書から逃げたがっている日本を象徴(6)首相の足を引っ張って洞爺湖サミットでの日本の交渉力を剥奪する公表。

 日経の論説委員の苛立ちはよく理解できる。一方で、この需給見通しが、日本の現状を極めてよく反映したものであることも認めざるを得ない。

 京都議定書が1997年に合意されたものの、その後今日に至る10年余、日本という国は何ら前進しなかった。むしろ進まない社会を容認してきた。そして現時点、日本は全く停止してしまった。その責任の大部分は、選挙民のメンタリティーと、その結果生まれた政治家の能力不足などを含めて、ほぼすべてを政治に帰することができるのだが、この経産省の需給見通しは、日本の過去の経緯と現在の実力を正直に反映したものと言えるだろう。

 二酸化炭素排出量の削減は、取り組んですぐに結果がでるようなものではない。個人生活を考えてみても、断熱の悪い家に住み、大量にガソリンを消費する車に乗り、効率の悪い暖房・冷房装置を使っている上に設定温度への配慮はしない。パソコンはつけっ放し、インターネットは動画などの大量の情報を流すためにサーバー・ルータなどがエネルギーを垂れ流し状態で動いている。こんな状況を改善するには、建築物であれば、寿命を50年としても、半数が改善されるのに25年が必要である。車にしても、今、燃費の悪いドイツ製の左ハンドル車を買えば、その車は20年後も地球上のどこかで使われる。エアコンは効率の良い新製品を買ったとしても、古い製品は子供部屋に移設されて使い続けられる。

 これまで有効だった待機電力の削減といった多少の改善を目指す「ケチエコ」での対応ではすでに限界で、革新的な高断熱住宅や高効率機器などを開発し、それを「買うエコ」でしか対応できないのが現代生活の実態なのである。産業分野での削減にしても、たとえ高効率の製造法が開発できたとしても、すぐにプラントの建設ができる訳でもない。プラントの寿命は30年ぐらいはあるので、すぐに更新するのは難しい。やはり、ここでも、ある種の「買うエコ」が必要である。

 「買うエコ」と並行して、「買わないエコ」というものも重要である。サンフランシスコ市は、ペットボトル入りのミネラルウォータを公費では購入しないことを決めた。日本の場合、政府関係予算を使ったプロジェクトの報告会などでも、海外製のミネラルウォータが出てくることがある。輸送に必要な排出量はフードマイレージという言葉で表現されるが、せめてサンフランシスコ市なみの対応はすべきだろう。飲料などの自動販売機も日本の状況は世界的に突出しているが、これもそろそろ考慮が必要だろう。

 このように様々の現状を思い起こせば、経産省の需給見通しは、日本の現実に対する極めて正直な分析であると言える。「買うエコ」「買わないエコ」を推進する社会制度の必要性について、立法府において正面から議論しないかぎり、解決不可能な問題ばかりである。すなわち、経産省の排出予測などのデータは、需給見通しとしてではなく、日本という国の近未来に対する強い警鐘として提示されるべきものではなかっただろうか。

 日本の状況を象徴する直近の例が、まもなくどちらかに決まるガソリンの暫定税率である。世界を見渡せば、温暖化対策の一部としてガソリン税を増税する国が大勢を占める。この件の結末がニュースとして世界に流されたとき、洞爺湖サミットを控える日本という国がどのような国に見えるのか、という観点が重要である。結論によっては、日本売りを加速してさらなる株安に繋がること必至である。与野党はこれをどれほど真剣に考慮しているのだろうか。こんな懸念は国民に伝わっているのだろうか。メディアがこの問題を十分に広い視野から報じるかどうか注目したい。

 需給見通しに話を戻すが、経産省が日本の現状に苛立っていることはよく分かる。しかし、このような予測を需給見通しとして提出することは、開き直りとも受け取れる。個人的には、日本の現状に対する苛立ちを日経の論説委員と共有すべきだと思った次第である。

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